ライダー・イズ・ロスト | |
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これは失われた魂についての物語だ。 今、結城祐樹の目の前で、最愛の恋人の命が失われた。別になにが悪かったわけではない。放課後の学校帰り、高校生同士らしい微笑ましいデートののち、喫茶店で他愛もないおしゃべりに興じていたふたりは、ショッカーに襲われた。そして、彼女が死に、結城もまた、その命は風前の灯であった。 ショッカー、というのは各地で犯罪を行なう謎の覆面集団に対してつけられた俗称だ。彼らの覆面には『仮面ライダー』の敵組織“ショッカー”のシンボルが刻印され、彼らはご丁寧にも「イーッ!」という甲高い掛け声によって犯罪現場でのコミュニケーションを取るのだから、これをショッカーと呼ばないほうが無理があるというものだろう。 「ふッざけんじゃねえぞ、この野郎!」 祐樹は足元に散らばった机の脚を手に持ち、眼前の覆面姿に殴りかかる。覆面の手にはサブマシンガンが抱えられているが、彼の脳髄で荒れ狂う怒りが恐怖心を一時的に麻痺させていた。 銃口が火を噴く。 祐樹は怒りの感情を胸に抱いたまま、恋人の死体に折り重なるようにして倒れた。その額には、弾痕が刻まれていた。 これは失われた魂のついての物語だ。 気がつくと、目の前には見知らぬ天井があった。祐樹は手術台の上に寝かされ、拘束帯で縛られているのだ。 「オレ、生きてるのか?」 「モノを考えて、動けるようにはした。生きてるかどうかは、自分で決めな」 声のした方に顔を向けると、そこには白衣の男の姿があった。痩せこけた頬に、伸びきった無精髭。がっしりと鍛えられた体つきに反して、その表情からは精気の欠片も感じられない。 「アンタ、誰だ。オレをどうしたっていうんだ」 「質問は一つずつ。俺の名前と、お前の処置、どっちを先に訊きたい?」 拘束されたまま、芋虫のようにもがく祐樹に、男は気だるそうに尋ねてきた。祐樹はどうしたものか思案した後、思いついた順に問題を処理していくことにした。 「とりあえず、アンタの名前を教えてくれ」 「俺は、赤川次郎。有名な作家とは関係ないが、れっきとした本名だ。職業とか、思惑とか、その辺りのことはおいおい話していく」 と、中途半端に伸びた長髪を掻く。 「ああ、拘束帯は外したらどうだ。力入れて引っぺがせば外れるぞ」 男の言葉に、祐樹は一度静止。力強く両腕を広げると、拘束帯は金属製の留め具ごと引きちぎられて、コンクリートの壁を穿ってめり込んだ。 「……なッ?」 「最初のうちは、力加減が難しいから、まあ気をつけてくれ」 尋常ならざる怪力を前に、当人の当惑もよそに、男は平然と注意を告げる。 「じゃあ、次は君をどうしたか、って質問だったな」 「俺は、カイゾウされたのか?」 カイゾウ。 それは街の噂になっていた。ショッカーに殺されると、カイゾウされてショッカーと戦わされる。昭和が平成になり、ライダーがバイクに乗らなくなって、改造人間という言葉が自粛されるようになった。それでも、ショッカーと仮面ライダーの闘争を連想しないものはいない。ショッカーが現れたなら、それは必然的連想によって生まれる都市伝説だ――祐樹はそう思っていた。 「ああ、したよ。改造。スペックの説明もしようか」 「いや。それで、アンタは俺に何をさせたいんだ」 祐樹は手術台に腰掛けると、辺りを見回した。男の身なりに反して、部屋の様子は清潔なものだ。手術を行なったというのだから、そうでなくては困るのだが。 「別に。ただ、死にそうな奴がいたから、死なないようにしただけだ」 祐樹の問い詰めに、男は飄々と応える。 「俺を仮面ライダーにするんじゃないのか?」 「なりたきゃなれよ。俺は強制しないよ。したいとは思わないし、する権利もない」 ぐっ、と右腕に力を込める。人間の限界を超えた腕力が備わっているのが分かる。 「ほかにも、こうやって助けた奴はいるのか」 「助かったって思った奴ばかりじゃないが、死なないようにした奴は何人もいる」 「そいつらは、仮面ライダーにならなかったのか」 「ならなかったね。少なくとも俺の知る限りは」 「じゃあ、そいつらはこんなとんでもない力を手にして、何をしてるんだ?」 そのとき、祐樹の脳裏に浮かんだのは、クモ男やコウモリ男といった『仮面ライダー』に出てくる改造人間たちの姿であった。事切れた恋人の顔と、怪人の着ぐるみが交互に視界を巡る。 もし、彼らがこの力を悪用して悪事をなしているのならば、祐樹は鉄仮面をかぶってバイクにまたがることも考えていた。 「ショッカーの危険から、身の回りの連中を守ってるよ」 しかし、男の返事は意外なものだった。 「え?」 「俺はショッカーに殺された連中しか黄泉返らせないからな。だから、まあ必然的にそうなるワケだ」 「アンタ、さっき誰もライダーにならなかった、って」 「じゃあ逆に訊くが、君は俺が改造してきた連中の誰かに、一度だって助けられたか?」 祐樹が言いかけた言葉を遮って、男が問う。 そんな経験は一度だって、実際に殺されるまで、ありはしなかった。 「もしも“仮面ライダー”になんかなってみろ。どこの馬の骨とも知れない奴を助けてる間に、自分の大切な人間が危険な目にあうかもしれないんだぞ」男の顔に浮かんだ苦笑は、果たして皮肉か、それとも自嘲か。「ショッカーはいる。仮面ライダーはいない。それが現実だ」 「ライダー・イズ・デッド、か」 「それを言うなら、ライダー・イズ・ロストだ。仮面ライダーは死んだんじゃない。失われたんだ――昔、本郷猛を見て胸を熱くしていたころには、確かに誰の中にもあったはずなんだ。“仮面ライダー”の魂は」 祐樹は苦笑した。祐樹もまた、身の回りの人々を犠牲にしてまで、見ず知らずの人を助けようとは思えなかったからだ。 これは失われた魂についての物語だ。 結城祐樹は改造人間である。人間を超越した能力を与えられ、今日も恋人との思い出を胸に残された友人たちとともに毎日を送っている。 彼は仮面ライダーになれなかった。 |
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これは失われた魂についての物語だ。 | |