Victorian Age Irregulars | |
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#1 三人とひとり (07/05/10)蒸気と陰謀が渦巻き、発条と歯車が軋みを上げる、現代の悪徳都市『倫敦』。 その片隅に、ひとりと三人の少年少女がいた。 #1-1 影の政府 (07/05/10)その日、セント・ジェームズ通りの喫茶店を訪れたのは、大人びた風貌に似合わぬ子供らしい仕草がチャーミングな少年だった。彫像のように均整の取れた容貌を自覚した様子も無く、まるで子供がそうするように無造作にコートを折り畳んだ。 FF――フレデリック・フレミング――は店員の案内するまま、喫茶店の奥にある窓の無い個室に招かれた。 扉を開けると、後ろ向きの椅子と机があり、そして対面に男が座っている。男が仕草で、FFに席を勧める。賢者には雄弁さで以って叡智を知らしめる者と、沈黙を以って叡智を知らしめる者があるが、男は後者に属する種類の人間であった。 苦手なタイプだ、とFFは内心で呟く。 FFが席に着くなり、無言で封筒を手渡してくる。厚みは無く、持ってみても手応えは軽い。中身は書類か、あるいはそれに類する数枚の紙束だろう、とFFは当たりをつけた。封筒を裏返してみれば、その蝋には大英帝国王室の花押が捺されている。 大英帝国を支配する影の政府『ディオゲネス・クラブ』。眼前にいるのは、その一員である政府高官、マイクロフト・ホームズ。女王陛下の代理人とも言われている傑物である。 書類には、至って平凡な女学生の素行調査が記されいる。その表紙には、ひとりの少女の写真が挿まれている。黒髪の美しい娘だ。年齢は十三、四といったところだろうか。 「彼女をどうしろと?」 「彼女を狙っているものの素性を突き止め、その魔手から守ってほしい」 FFは訝しがる。写真の娘は、育ちの良さは素行からも伺えるが、果たして英国王室の花押付きで依頼されるほどの要賓とは見えない。 まあ、『人は見かけによらない』のは自分もか、とFFは小さく笑う。 「彼女は何者なんです?」 「……」 マイクロフトは黙ったまま答えない。 やっぱり苦手なタイプだ、とFFは内心で呟いた。 #1-2 事務所のふたり (07/05/11)暗黒と濃霧に包まれた『倫敦』は、悪徳都市としての色合いを濃くする。 その真夜中に、フレデリック・フレミング探偵事務所の扉を叩く人影があった。がらん、がらんと呼び鈴を鳴らすのは黒衣の者。黒い帽子を目深に被り、黒い外套の襟を立て、夜闇に溶け込むかのような姿の中で、首に巻いた赤いスカーフだけが印象的に闇の中に浮かび上がる。 「はい。どちら様でしょうか?」 扉が開く。 中から出てきたのは、メイドと呼ぶにはいささか奇異な姿の娘だ。 FF探偵事務所で、事務所の経理からFFの私室の掃除まで任されている、万能勤勉の雑用女中だ。名をマリアという。 どことなく愁いを帯びて映る白皙の顔。無表情とも取れるが、淑女としての慎ましやかさも感じさせる。ただ、ワンピースとエプロンの上に、両腕を覆うように無骨な鉄籠手を身に着けているのが、あまりにも奇異である。 マリアが扉を開けると、黒衣の者は挨拶もなしに駆け込んでくる。帽子を放り投げて金髪をなびかせ、外套を脱ぎ捨ててマリアに投げよこした。その素顔は、紅い猫眼が人目を引く男装の美少女だ。 「それじゃ、お邪魔しまーす!」 と、マリアの返事も聞かず、少女は片っ端から部屋の扉を開けて回る。 「ミス・ルーシー。御主人様は外出しています」 くるり、と独楽のような機敏さで少女が振り返った。幼さの残る顔立ちが、まるで熟した林檎のように赤面している。 「だッ、誰がフレディに会いに来たなんて言ったのよッ?」 「いいえ。誰も言っていません」 そう、誰も言っていない。少女――ルーシーも、マリアもだ。 「じゃあ、変なコト言わないでよね!」 「はい。それで、ご用件は?」 「別に、用があったってわけじゃないけどぉ。用が無いと来ちゃいけないワケ?」 ルーシーは不満げに口を尖らせる。 「いいえ。了解しました」 「あ、そうだ。マリアの入れてくれた紅茶が飲みたい、かな?」 「はい。了解しました。」 ルーシーはにっ、と大きく口を開けて微笑んだ。口の端から、大きな八重歯が覗いていた。 #1-3 天使と死神 (07/05/13)クリスは『倫敦』の夜が発する闇に、息を呑んだ。 聖書に謳われる悪徳都市バビロンの再来とまであだ名される『倫敦』は、昼間の華やかな賑わいの裏側で、夜の帳が降りると同時に世の美徳信心までもに幕が下ろされる。とくに貧民街“イーストエンド”となると、無法よりも酷い悪法非道が罷り通っている。 中でも最悪なのが“切り裂きジャック”だ。 夜の街で娼婦たちを殺し、その五体をバラバラに刻むという連続殺人鬼。弱い立場の女性を狙い、残虐にも遺体を刻んで臓物を撒け、罪の意識もなく何度も犯行を繰り返し、それでもなお捕まらない。夜闇の瘴気が生み出した怪物。それが“切り裂きジャック”であった。 クリスとて、好んで夜遅くの危険な街を歩いているわけではない。 看護婦見習いの彼女は、多くの医師が見放すイーストエンドで、貧しい人々の看護のために歩いて回っているのだ。 看護学校の学友たちはイーストエンドのことを悪し様に言うが、実際の彼らは自分たちと同じように飯を食べ、寝起きし、日々を暮らしている。生まれ落ちた環境の不遇に耐えながら生きる彼らをクリスは愛しいと思っている。 かつん、かつん。 石畳を歩く足音に、ふとクリスは耳を澄ました。 かつん、かつん。 闇と恐れが作り出した幻聴であろうか。 かつん、かつん、かつ――かつん。かつん。 クリスは立ち止まる。しかし足音は止まず、そして歩み寄ってくる。 「誰ッ!?」 夜霧に向かって叫ぶ。足音が止み、夜霧に影が浮かぶ。 身の丈はクリスより頭ひとつほど高いだろうか。コートの襟を立てて、その顔を窺うことはできない。 「……誰?」 黒い刃が煌いた。 |
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この物語は架空都市『倫敦』を舞台にした冒険譚である。 | |