悪鬼たちの戦争

悪鬼たちの戦争

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 僕はデッキを慎重にシャッフルすると、山札に積んだ。

 先行が僕に決まると、上から7枚を引いて、見る。

 土地が5枚に、ゴブリンが2枚。《モグの狂信者》と《ゴブリンの戦長》だ。

 このデッキは軽量なゴブリンたちを素早く展開しての打撃戦で相手を倒す速攻デッキ。土地5枚にクリーチャー2枚という手札は、相手を攻め倒すには悠長過ぎる。

 マリガンを宣言すると、再びデッキをシャッフル。今度は強い祈りを込めながら、6枚のカードを引く。

(まあ、悪くない)

 《山》と《ゴブリンの群衆追い》が2枚ずつに、《狂信者》と《ゴブリンの女看守》。毎ターン、マナを使い切るという速攻デッキの基本に則った展開ができるし、打撃力の鍵となる《群衆追い》が手札にあるのも頼もしい。足りない分は《ゴブリンの女看守》で捜してくれば事足りる。

 これで次の2ターンに土地と《戦長》が引ければ完璧といっていい。最初から《戦長》が手札にあれば最善といえたのだが、マリガンした時点で「戦える手札」になったことを感謝しなければなるまい。

「これでOKです」

 深く息を吸った。

【僕:ライフ20 相手:ライフ20】

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「セットランド。《狂信者》召喚してエンド」

 《山》を横に置くようにしてタップすると、《狂信者》を場に送り込む。

 《狂信者》は、その滑稽なフレーバーテキストの印象に反して、その性能は折り紙付きだ。《狂信者》以降に、弱体化したバージョンが数多く作られたという事実が、このカードのパワーを示していると言えるだろう。

 僕がマジックを始めて間もない頃、昔懐かしい《スクアータの槍騎兵》や《溶岩の猟犬》で相手を殴り倒していた頃からの相棒だ。

【僕:ライフ20 相手:ライフ20】

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「アンタップ、アップキープ、ドロー」

 対面の相手は、何も無い場を指差しながら、開始フェイズの手順を確認するように各ステップを唱え、山札のカードを引く。

「セットランド。《狂信者》を召喚。エンド」

(同類か?)

 レガシー環境においても《狂信者》はパワーカードとして知られており、ゆえに赤いデッキでは幅広く使われているカードでもある。普通の赤速攻の1マナクリーチャーとして《ジャッカルの仔》らとともに用いられ、そして赤同士の戦いでは諸刃の剣となる《ジャッカルの仔》よりは《狂信者》を出すことが優先される。

 ゴブリンデッキは除去が薄いために殴り合いになり、ゴブリンでなければ火力によって単体では脆弱なゴブリンたちをピンポイントで除去されてジリ貧になりかねない。攻め手に迷う展開となった。

【僕:ライフ20 相手:ライフ20】

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「アンタップ、アップキープ、ドロー」

 緊張とともに山札から引いたのは《戦長》。

 ゴブリンたちを召喚するためのコストを軽減し、また場に出たすべてのゴブリンに速攻を与える、有象無象のゴブリンたちを疾風怒濤の軍団へと変身させる、デッキのキーカードだ。

 コストの軽減によって本来より1ターン早く召喚されたゴブリンたちは、さらに速攻によって召喚酔いの影響を免れて1ターン早く攻撃戦線に参加することができる。実質的に2ターン分の加速を得られるるこの効果によって、他に類を見ない圧倒的な展開力とスピードで敵を蹂躙するのがゴブリン軍団の真骨頂であった。

「セットランド。《狂信者》でアタック」

 手札からさらに《山》を置くと、攻撃の宣言とともに既に場に出ている《狂信者》を横に倒す。

 おそらく、相手は僕の《狂信者》をブロックするだろう。そして、戦闘ダメージをスタックさせてから《狂信者》を生贄に捧げ、起動型能力で1点のダメージを僕自身に与えてくるだろうと予想した。

「《狂信者》でブロックします」

 そして、思惑通りに事は進んだ。

 僕もまた自分の《狂信者》を生贄に捧げて、相手にダメージを与える。

 このマッチは、先手を選んだ僕がマリガンしたことで、相手に対して2枚分のディスアドバンテージがある。相手はそのアドバンテージを活かして、先手である僕のテンポを奪いに来るだろう。また、僕はイニシアティブを握り続けながら相手のライフを脅かすことで、枚数上の不利を補わなければならない。

「《群衆追い》召喚、エンド」

 とはいえ、現在の手札では選択肢は多くなく、その選択に迷う要素もまた多くない。

 《群衆追い》は2マナ1/2とやや貧弱なゴブリンだが、ほかのゴブリンと一緒に攻撃することで、一緒に攻撃するゴブリン1体につき+2/+0の修正を得ることができる、基本的に2/2より大きいクリーチャーがいないゴブリンデッキの主砲たる存在だ。2ターン目に展開するクリーチャーとしては最善の手であると言えた。

【僕:ライフ19 相手:ライフ19】

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 相手がカードを引いて開始フェイズを終えると、一瞬の思案の後、《》を場に出した。

 フェッチランド。自身を生贄に捧げることで、《山》か《森》を引いてくることができる特殊な土地カードだ。ライフを代償とするが、複数の色マナを安定供給し、墓地を肥やし、デッキを圧縮することができる。僕のデッキにもまた、《山》か《沼》を引いてくる《》を含めて、8枚のフェッチランドが圧縮を主目的として入っている。

「起動します。ライフ18」

 そのまま《》を横に倒して墓地に置き、ライフカウンターを1点減らして、山札から引いてきたのは《山》。デッキの圧縮を目的としたプレイングだ。これが多色化された赤単速攻ならば、《山》であると同時に《森》でもある《Taiga》を探してくると同時に《タルモゴイフ》を場に出してくることも考えられたが、すると相手はいよいよゴブリンデッキであろうか。

 無論、ただのデッキ圧縮を目的としていたという可能性は否定できないが、速攻同士の戦いでは1ライフの差がものを言う。《山》を引いてくるためにフェッチランドを使うのは、できるなら避けたいはずだ。そうせざるを得なかったのは、そうせざるを得ないデッキとして構築されているからだ――自分が負けるより早く相手を倒せばいい、という思想。まさしく、同類であった。

 僕の推測を証明するように、しばらくのシャッフルの後に手札から召喚されたのは《ブリキ通りのならず者》。

 《ならず者》は、本来ならば召喚に緑マナを支払うことで、場に出るときにアーティファクトひとつを破壊することができる強力なクリーチャーだ。そして、クリーチャーとしても2マナ2/1と十分な打撃力を持ったゴブリンだ。

 すると、場にアーティファクトが無いとはいえ、《ならず者》を入れていながら《Taiga》ではなく《山》を引いてきたのは、僕に特殊土地を破壊する《不毛の大地》を使われてテンポを奪われることを嫌ったからか。相手は徹底してアドバンテージを優先する構えらしかった。

 そして、エンド。

【僕:ライフ19 相手:ライフ18】

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 今度のドローは《Taiga》。

 最初の手札から土地と《戦長》が引けるという、およそ考えうる最良のドロー。しかし、相手の場には《ならず者》がいる。こちらの《戦長》と相討ちを取られれば以後の展開に大幅な遅れが出るが、《戦長》を出しておいて攻撃に行かなければテンポを奪われて2枚分のアドバンテージが活きる展開になってしまう。

 そこでようやく先のターンの相手の思惑に気がついた。彼が思案したのは、こちらの《群衆追い》や《戦長》と相討ちを取ることができる《ならず者》を出すか、高い打撃力を潜在する《群衆追い》を出すか、という選択肢であったに違いない。

「戦長召喚、エンド!」

 しばしの逡巡の後、僕の選択は攻撃せず。

 手札の《女看守》を出すことで山札からゴブリンを捜し、《狂信者》を引いてアドバンテージ差を埋めるか、次のターンに土地を引いたなら1枚挿しされた《ゴブリンの名手》を引くなり召喚することができる。敵を撃ち倒すたびに起き上がるこの狙撃手は、個々単体は脆弱なゴブリンを相手にしたときには絶大な効果を発揮する。《名手》が盤上を支配すれば、アドバンテージの不利を覆すことができる。しかし、それもこれも《戦長》が相討ちになってしまえば水の泡だ。

 ターンを終了させると、相手が少し笑ったような気がした。こちらの読みを妙手と認めてのことか、あるいは悪手と嘲ってのことか。

【僕:ライフ19 相手:ライフ18】

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「セット《山》、《戦長》召喚」

 相手が順調にマナを伸ばし、《戦長》を出す。相手の展開もゴブリンデッキとして最良の部類に入るものだ。そして、彼はそのまま長考に入った。

 相手の長考の内容は、攻撃するか否か、の一点だろう。次のターンになれば、こちらは《女看守》を絡めた攻めでアドバンテージの差を埋めることができる。《戦長》のコスト軽減は複数の呪文を唱えるだけのマナを持つ中盤以降にこそ真価を発揮し、《女看守》は手数を増やすと同時にカードを手札に持ってくる。その相性はまさに水魚の交わりである。

 今、このターンからライフレースに持ち込むのなら、相手は自分のターンの攻撃からそのレースをはじめることができるという利があった。殴り合いを始めるか否か、その主導権を握っているのだ。

 こちらの場には《群衆追い》と《戦長》がいる。予想されうる展開として、《女看守》で《群衆追い》を探してくると同時に出した場合、その総攻撃ダメージは17点。相手には2ターンの猶予があるのだ。

 相手はこのターンの攻撃で4点、次のターンに《女看守》から《群衆追い》を呼んでくるとその攻撃が12点。残り2点は、さらなる追加のゴブリンが一体でもいれば削ることができる。1マナのゴブリンがいるか、あるいは既に手札に《群衆追い》がいるかすれば、十分に可能な展開だ。そして、先の逡巡で彼の手札に《群衆追い》があるだろうことは殆ど確実だろうと思えた。

 どちらも机上の空論だ。相手が次のターンに十分な打撃力が確保できない可能性もあるし、こちらが劇的なドローによって次のターンに相手を倒す可能性もある。実際、次のターンのドローが土地ならば、《女看守》から《群衆追い》を引いてきて《群衆追い》を2体追加することで一気に30点の攻撃を行なうことができるのだ。

 どれほどの時間が経っただろうか。相手が2体のゴブリンを横に倒して攻撃の意思を示した。

「アタック。2体で」

 今度はこちらが思考する番だ。

 《戦長》同士の相討ちはありえない。相手の《戦長》が2枚の差がある手札上のアドバンテージを盤上のものにしてくる厄介な存在であるのは確かだが、こちらの《戦長》もまた、その潜在しているディスアドバンテージを埋めるために欠かせない。

 ならば、《首謀者》で相手の《ならず者》と相討ちにするというのはどうか。相手の攻め手を減らすことで、相手の次ターンの打撃力を減らして、こちらの2ターン目に希望を繋ぐというのも、手札に《女看守》と《群衆追い》がいる状況であれば間違いではないだろう。しかし、その場合にはやはり土地を引くことが必要だ。

 どうするにしても、4枚目の土地を引かなければならない。

 僕は山札の一番上のカードに賭けた。相手には4枚の手札があり、次のターンにカードを引けばそれは5つの可能性になる。それを潜り抜けて、2回目のドローに賭ける気にはなれなかった。

「通します。ライフ15」

 しかし、これで相手にブロッカーはいない。このまま殴り切れば、手札のアドバンテージ差は意味を持たない。その手札を死に札にしてやる!

 僕は祈るように山札の上に手を置いた。

「エンド」

【僕:ライフ15 相手:ライフ18】

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「アンタップ、アップキープ、ドロー!」

 相手のターン終了を聞くや否や、僕は一気に土地をアンタップし、カードを引く。引いてきたのは二枚目の《女看守》。

 土地ではなかった!

 順調にマナを伸ばすことができなかったことで、一気に目論見が綻びていく。《名手》を出してアドバンテージ差を埋めていくこともできないし、一気にカタをつけることもできない。

 問題は、テンポアドバンテージか、カードアドバンテージか、ではなかった。土地、そしてマナ。ゲームの根幹を成す、そのリソースの不足であった。

 ここで待ちに出る意味は無い。こちらは盤上に展開するためのマナが無いのだから、どうしたってアドバンテージを得ることはできない。手札が死に札になったのはこちらであった。

「《群衆追い》召喚、《女看守》召喚」

 1枚、そして2枚の土地をタップして生物を矢継早に場に展開すると、山札から1枚のカードを引いてくる。

「持ってくるのは《狂信者》」

 この攻撃で相手のライフは残り1点になる。あとは《狂信者》の起動型能力で片をつけることができる――もし、次のターンがあるのなら。

「そして、全員でアタック」

 相手はライフカウンターを大きく減らし、そこには数字の1が示されている。残りわずかな、しかしあまりにも遠い「1」。

 相手もまた祈るように目を伏せ、カードをめくり見る。そして、手札を場に置いた。その手札は残り15点のライフを削るには至らないものだった。降参の意であった。

【僕:ライフ15 相手:ライフ1――試合終了】